やさしい音色-5-
もうおれの耳が聞こえなくなって一週間が経った。
人間(いや、おれの場合は魔族か?)、耳が聞こえなくなっても意外と生活出来るものだ。
会話は大体が筆談ですむし。
え、読み書きは出来のいい三歳児程度のおれがどうやって筆談するかって?
そんなのは簡単だ。
いや、おれ限定でかもしれないが。
皆には紙に書いてもらい、指でなぞって読む。
で、おれからは口で言えばいい。
まさに魔力様様だ。
初めて魔力に感謝したかも。
と言ってもおれもみんなも暫くは忘れてたんだよ。
ギーゼラさんの診察はこの方法でやってたのに。
初めはギュンターに手話はどうかとも提案したのだけれど、
「城にいるもののほとんどがわからないと思われます。兵士が知ってるのは手旗信号ですし」
と、手話でけんもほろろに返された・・・・らしい。
らしいというのは、おれ自身が手話を知らないんだよ。
本末転倒だ。
これから教えられてもとうてい覚えれるとは思えない。
で、悩みまくってたところにアニシナさん登場
「大の男がなんです!そろってグジグジ悩んでまるでナメクジのようですよ。貴方達の頭は海綿体です
か?陛下は指でたどれば文字が読めるのですから必読で充分でしょう!そんなこともわからないとは
ナメクジ以下です!これだから男は・・・」
と、約十分アニシナさんの講演は続いた。
おれにはアニシナさん自らが内容を書いた紙を渡されながら。
・・・なにも、おれにまで言わなくていい内容だったんじゃないかな〜
まぁなんにせよ皆には紙とペンを常備していてもらわなければいけないって面倒はあるけれど、執務に
も支障はない。
強いて言えば体調不良と運動不足かな?
実は2日目からときどき目眩とキーンと耳の奥で音がなるような感覚−耳鳴りがする。
本当は初日から症状が出ていたんだろうけど、疲れやらなにやらで寝ていたので気付かなかった。
最初はギーゼラあたりに相談したほうがいいのかとも思ったけれど、暫くすれば治まるし、これ以上皆
に心配かけたくなかったので黙っていた。
運動不足はロードワーク禁止によるもの。
おれは平気だって言ってんのにさ、コンラッドは
「いざというときに対処が遅れますから」
だし、ギュンターは
「これ以上御身に負担をおかけにならないで下さい〜」
とかなんとかギュン汁を振り撒くし、ヴォルフラムはなんかキャンキャン吠えてるっぽかったし、グウ
ェンダルはただ一言
「ダメだ」
ここまで言われて(書かれて?)強行突破できるおれじゃありません。
「あ〜退屈だ〜」
動きたい。
走りたい。
野球したい。
その為には、おれ自身の問題を解決しなきゃ。
コンラッドに話さなきゃ…
毎朝、今日こそは話そうって思う。
毎晩、明日は言わなきゃって思う。
なのに、コンラッドの顔を見ると言えない。
「はぁ……」
気が重い。溜息も重い。
!この感じ…コンラッドだ。
耳が聞こえなくなってからは、それを補う為か人の気配に敏感になって、数メートル程なら親しい人限
定で見えなくたって近くにいるのがわかるようになった。
今もドアのところにコンラッドが立っているのがわかる。
「コンラッド〜入っていいよ〜」
ドアの外のコンラッドまで聞こえるよう大声で言う。
耳が聞こえなくなった当初はみんなノックなしで入ってきていたが、今ではおれが気付いて許可を出す
まで待っている。
「失礼します。」
そして、耳が聞こえなくなって敏感になったことがもうひとつ。
これはコンラッド限定だけど。
それは、コンラッドとは顔を見るだけで、筆談なしで会話できるようになった。
「ユーリ、ちょっといい?」
だから、わかってしまった。
とうとう、バレちゃったんだ。ってゆうか、バラされた・・・かな?
「うん、全部話すよ。」
ここまでしてもらったんだから、今度はおれが立ち上がらなきゃ。
サインを出すのはおれ。
もう逃げ場はない。
残された道は立ち向かうことだけ。