やさしい音色-4-
目を開いたら、見覚えのある天井が見えた。
ごてごてした装飾に薄い天幕
(この模様は・・・・魔王専用ベット?)
おれ、なんでこんなとこにいるんだろう?
確か、村田と会って・・・
そうだ、こっちに来たと思ったら川に流されちゃって、で、滝から落ちたんだ。
川じゃなくってベットに寝てるって事はおれ、助けられたんだな。
助けてくれたのは、コンラッドかな・・・
コンラッドの事を思ったとたん、滝から落ちるときに横切ったコンラッドの顔がフラッシュバックする。
「おれの陛下はもうあなたではありません」
冷たい目で、顔で、おれを突き放したコンラッド。
あれは、すべて演技。
今、一緒にいてくれるコンラッドが本物。
何度もそう言い聞かせるのに
どうして自分の心はわかってくれないのだろう
いつまでもコンラッドを疑うのだろう
コンラッドを信じるといい続けたのはおれなのに
こんな自分は嫌いだ
苦しいよ
助けて、コンラッド
心はコンラッドを信じてくれないのに、彼に助けを求める
そんな自分が、また嫌で
あぁ、なんて悪循環
誰か教えて
どうすれば楽になれますか?
それとも、一度でも彼を疑ったおれが楽になることはないのですか?
おれはどうするべきなの?
「コンラッド・・・」
そのとき、強く手を握られた。
正しく言えば、ずっと握られていた手に力をこめられたのだけど。
ゆっくりと握られている手のほうを見ると、いつも爽やかな彼らしくもない今にも泣きそうな、でもど
こか安心したような顔が見えた。
ただ、ちょっと滑稽なのは、何か言いたいのだろうけどただ口をパクパク動かしているだけということ。
こんなコンラッド初めてだ。
本当に今日は珍しいことばかりだなぁ。
「コンラッド、なんで口パクなの?」
最初だけならおれがいきなり起きたので驚いて・・・と考えられるけど、それにしては長すぎる。
もしかして、喉痛めてる?
「喉痛いんなら生姜と蜂蜜を溶かして飲むといいよ」
などと言ってたら、いきなり現れたヴォルフラムにがくがくと揺さぶられる。
なんか怒鳴り散らしているようだが、やはり口パク。
もしかして兄弟そろって喉痛めてる?まさか、グウェンダルも?
ってか、眞魔国は喉を痛めるような風邪でもはやってるのか?
「ヴォ・ヴォるル・・・フ・・・やめって!」
あんまりにも揺するので、まともに言葉をつむげない。
最後なんか舌をかんでしまった。
それでもおれの訴えを聞きとったコンラッドがヴォルフラムを宥めてくれるが、ヴォルフラムはまだ訴
え足りないのか、口をもごもごさせながら布団を叩いている。
・・・って、あ・・・れ?
こんだけ盛大に叩いてりゃ、普通バフバフだのボスボスだの聞こえてくるはずだよな?
でも、何の音もしない。
そういえば、ヴォルフラムが近寄ってくる音もしなかった。
もしかして・・・
おかしいのはおれの耳?
それならば、コンラッドやヴォルフが口パクに思えるのも辻褄が合う。
「ねぇ、あんた達は喉も痛めているわけじゃなくって普通にじゃべってるの?」
おれのその質問にコンラッドは至極真摯な顔をして一回大きく首を縦に振った。
――聴力を失った。
これが彼を疑った代償?―――
***********
「ギーゼラ、どうだった?」
部屋の隅でコンラッドとギーゼラが話している。
あの後、コンラッドがすぐにギーゼラを呼びに行った。
ギーゼラは来るなりおれの後頭部を見たり、耳元で何かをぶつけ合わせたりと診察を始めた。
「やはり、何も聞こえてらっしゃらないようです」
部屋の隅で話されると、なんか内緒話されているようで釈然としない。
「さっき、僕達に後遺症がないと言ったのは嘘だったのか」
ベットの淵に腰掛けたヴォルフラムが口を挟んでいるのが見えるから内緒話でもなんでもないのだろ
うけど、何も聞こえないおれにとってはヴォルフラムも巻き込んだ大々的な(?)内緒話に感じられる。
(なんか恐い)
部屋の空気が重い。
ヴォルフラムはグウェンダルのように眉間に皺を寄せてギーゼラを睨んでいるし、コンラッドも何か考
え込んでいて、ギーゼラは思いつめた顔をしてうつむいている。
はっきり言って、険悪だ。
「ちょっとお邪魔するよ」
そんな空気を変えたのは村田だった。
「猊下、どうしてここに?」
「渋谷の状態が眞王廟まで届いてね。心配してきたんだよ」
コンラッドと何か話した村田は、ギーゼラから紙とペンを受け取りこっちまでやってきた。
「渋谷、自分の言ってることは聞こえるのかい?」
村田が持ってきた紙には日本語でそう書いてあった。
コクン
ひとつ頷く。
自分の声はほんのわずかだが聞こえる。
おかしな話だが自分の耳が聞こえなくなっていることに気付くまで、自分の声もほとんど聞こえなくな
ってることに気付かなかった。
引き続き、いくつか同じように筆談で質問される。
「原因は精神的なものだよ。滝から落ちたのは関係ない。きっかけではあるかもしれないけど」
村田の出した結論は、自分でもうすうす感じていた。
「ストレスが解消されれば治る。ストレスの原因は、自分でわかってるよね?」
原因はひとつしかない。
「解決方法もわかるよね。」
きっとそうするしかないんだよね?
「なら、僕からは何も言わない。今日はもう休みなよ」
そう書き残して村田は席を立つ。
「渋谷は心因性の難聴だよ。治らないこともない。」
村田が皆にむかって何か言ってる。
皆の表情が少し和らいだことから、きっと治ることを話したのだろう。
「ただ、渋谷の場合は特殊だからどうなるかわからない。
普通は片耳から徐々に聞こえなくなるなるものなのに渋谷はそれから逸脱しすぎている。
かと思えば、自分の声はわかるという。普通は自分の声も聞こえないはずなんだけど。
とりあえず、今言えることはこの状態が長く続くと神経細胞が死んで一生聞こえなくなる」
場の空気が、また重くなる。
村田は皆に何を告げたのだろう?
まさか、「この中の誰かに原因はある」とか言ってないだろうな。
さすがに気になって村田を呼び止めようとしたが、村田はもう皆と共に部屋を出ようとしていた。
おれに視線を投げかけて。
その視線で彼が何を言わんとしたかわかった。
おれが動かなきゃ何もはじまらない