やさしい音色−3−




「そこの包帯をとってくれ」

ユーリたちを発見したあと、すぐに後から追ってきた部下達にギーゼラを呼ばせた。
しかし、ここは血盟城内ではないのでギーゼラが来るまでまだ暫く時間がかかる。
その間二人を放置しておくことも出来ず、まず外傷のあるユーリから手当てをはじめた。
ユーリの怪我は一箇所だけで出血の割りに小さく、とりあえず止血し、薬を塗っておいた。
猊下のほうは、もう一度よく見直してもとくに外傷はなくやはりただ気絶しているだけのようだ。
脈拍や、呼気にも異常は見られない。

「あとはギーゼラに見てもらうしかないな」

こんなとき、自分に魔力…癒しの手がないことが悔やまれる。
自分にその力があれば今すぐにでもユーリを治せるのに。

そんな自責の念にかられながら、ユーリと猊下を馬の背に乗せ、なるべく揺らさないように山を降りて
いく。


************


「閣下!!」

血盟城までの道程の三分の一ほどきただろうか、駿馬で駆けて来たギーゼラと合流する。

いつもは(鬼軍曹モードのときを除いて)天使のような慈愛の笑みを浮かべている彼女が、元来青白い
顔をいっそう青くし綺麗にまとめていただろう髪も乱れ砂埃で汚れている。

「陛下と猊下のご容体は!?」

「お二人とも滝から落ちられたようだ。
陛下は岩で頭をぶつけられたのだろう、頭に怪我をされている。
傷自体は小さいのだが、出血が多かった。猊下は気を失っているだけのようだが、陛下のこともある。
頭を打っていないとは言い切れない」

すまない、医学的な知識がないために…

「それだけわかれば充分ですわ。とりあえず怪我の治療を始めます」

ユーリの頭に添えられたギーゼラの手から淡い碧色の光が発せられ、傷口は次第に塞がっていった。
その後、ギーゼラが二人の触診を行い出した結果は…

「お二方とも気を失っているだけで、特に異常は見られません。
 陛下の怪我も岩にぶつけたというよりは岩に掠めたといった感じで強打なさったような痕は見られ
ませんし、大丈夫だとは思うんですが・・・」

城で詳しく調べてみなければ断言は出来ません

ギーゼラの言うことだ、多分大丈夫だろう。
ふぅ。と、ようやく息が付けた気がする。
かなり緊張していたようだ。
肩もかなりの力を入れていたようで、肩凝りのような違和感がある。

「では、このまま城に…」

「ぅ…ん……」

城に向け出発しようとしたとき、微かにうめき声が聞こえた。

「猊下、お気づきになられましたか!」

「…ここは?」

「血盟城に戻る途中でございます」

「そう、すっかり気を失っちゃってたんだね。渋谷は?」

「こちらに。まだお気づきになられていませんが。猊下、どこか痛いとこはございませんか?」

「いや〜。全然大丈夫〜」

そう言って「ん〜」と伸びをする様は、気付いたというよりまるで寝起きのようだった。

「猊下、お身体に差し支えが無ければことの顛末をお教え願いたいのですが」

「かまわないよ」


*************


「うん、ウェラー卿の推測通りだよ。
僕達は川の中に到着したはいいんだけどね、川の流れが速くて運動の苦手な僕はもとより、体力自慢
の渋谷もさすがに岸辺までたどり着けなくってさ。
で、流されるままになってたはいいんだけど、気付いたら目の前に滝があってなすすべもなく転落。
そして今に至るわけさ」

ホント下手したら死んでたよね〜

「あはは〜」と陽気に猊下は笑うけれども、冗談ではすませられない。
頭からは血を流し、冷えた身体で動かないユーリを見たときは背筋が凍った。
あとちょっと流れた場所がずれていたらユーリは死んでいた。
なぜ今回に限ってこんなところに!
目の前に眞王がいたら、きっと切り刻んでいた。いや、それでも足りないくらいだ。

「ウェラー卿、そんな恐い顔しなくても眞王にはしっかり説教をしておくから」

猊下のその言葉を最後に、一向は再び血盟城へと足を進めた。


***********


血盟城に着くと、ユーリはすぐに魔王専用の寝室へと運び込まれた。
猊下も大事をとって休んだほうがよいということで門の所で待機していたヨザックにつれられ、眞王廟
の寝室へと向かわれた。

ユーリはベットに寝かされるやいなや、ギーゼラによる詳しい診察が施された。
その間、扉の外では色をなくした王佐は何事かをつぶやき続け、いつに増して眉間に皺を寄せた兄がき
ゃんきゃんと吼える弟をなだめていた。

「ギーゼラ、陛下のご容態は?」

「やはり、異常は見られません。このくらいの傷であれば頭を打たれた後遺症もないと思います」

そういい残し、ギーゼラは外で待つ者に説明しに行った。

「ユーリ、はやく目を開けて。俺を安心させて?」

握った手を額に当て、ひたすら願う。
俺の思いが少しでもユーリに伝わるよう。

「うぅ・・・」

「ユーリ?」

ユーリの目が徐々に開かれ、漆黒の澄んだ瞳が現れる。

「コンラッド・・・?」

まだ焦点の定まらない目が動き、俺を探している。

「ユーリ、俺はここです。気分悪くない?」

意識がはっきりと覚醒したのか、しっかりと目を開け俺を映し出した瞳はどこか不思議そうな色を出し
ている。

「コンラッド、なんで口パクなの??」



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