やさしい音色−2−
今回ユーリが帰ってくる場所として告げられたのは、血盟城にほど近い山の中に流れる川だった。
その山の頂上から見た景色はまさしく絶景であったが、いかんせん崖や凹凸が多く道が悪いことからほ
とんど人が近寄ることがなかった。
そのようなところに行って怪我してはいけないと思い、ユーリを連れていったことはなかった。
(急がなくては)
今回はユーリ帰郷の報告が遅く、ユーリが到着する前に辿り着くのは難しい。
だが、ユーリは好奇心旺盛で大人しく待っていてくれるタイプではない。
俺がいたってはじめて行く所では人の言うことを聞かずあっちこっちを動き回るのだ。
きっと俺がいないとわかったら俺を捜すか、俺が来るまでとか言って山を散策するだろう。
どちらにしろ歩き回ることに変わりはないし、それこそどんな無茶をするかわからない。
転んだりして怪我等してなければいいが…
そういえば、初めてユーリをこの世界に迎えたときも、赴くのが遅れ、ユーリは人間達に石を投げつけ
られていたのだ。
その事を思うといっそう不安が濃くなってくる。
ユーリが水を介して来る事は常であるため、今回もタオルと着替えを軍属時代に身につけた素早さで手
際よく準備する。
今回は猊下も一緒だとのことでその分も。
そして、万が一に備え簡易の救急道具を持っていくことも忘れない。
ユーリを迎えに行くのは俺と数名の部下だけ。
ヴォルフラムとギュンターがついてくると騒いでいたが、ギュンターはグウェンダルの手伝いがあるし、
ヴォルフラムのほうもはずせない仕事が入っていたので、渋々あきらめた。
山の場合少人数のほうが動きがとりやすかったのでこっちのほうが俺としてもありがたかった。
グウェンダルに出立の旨を伝えると、すぐにノーカンティーを最速で走らせ駆けていく。
わき目もふらない、あまりの速さに後続の部下達とはどんどん距離が開いていくが、彼等は仮にも兵士、
予め到着地点の場所は教えてあるのだから先導の俺の姿が見えなくなろうとも自力でやってこれるだ
ろう。
目的の山の麓に着き、川の流れを確認する。
(思ったよりもはやいな)
この川の流れが速いのは常の事だが、今日はいつもに増して速い。
(流れにのまれ溺れてなければいいが…)
軍で様々な事態への対処を叩き込まれている自分と違い、突発的なことに対してユーリは無知だ。
下手をすれば、パニックになって溺れる事だってないとはいえない。
例え溺れることはなくとも、岸まで辿り着けず水に流されているだろう。
逸る気持ちを押さえ、僅かな変化でも見逃さないよう細心の注意を払いながら川沿いを上っていく。
と、20分ほど上っていったとき数十メートル先の川中に黒い人影を見つけることができた。
まだ遠く髪の色や姿かたちを判断することは出来なかったが、その服の色は黒。
この国で黒をまとえるのは王かそれに近しきものだけだから、陛下と猊下に間違いはないだろう。
「陛下!猊下!」
発見の安堵もつかの間、すぐにその姿に違和感を覚える。
自分の呼び掛けへなんの返答もないことはさることながら、次第に近づきはっきりと目に捉らえた二人
は水の中に横たわり、動かない。
「ユーリ!?」
自分の服が濡れるのもいとわず、水の中に飛び込む。
川の流れだけではなく服が水を吸ったことにより、いっそう動きに制限がかかってしまったが、なんと
か二人のもとにたどり着く事が出来た。
二人は浅瀬で気を失っており、この浅瀬に横たわっているのも自力で辿り着いたというよりは流され、
偶然浅瀬に引っかかったという感じだ。
猊下のほうはただ気を失っているだけで、外的損傷は一見無いように見える。
しかし、ユーリの頭からは大量の血が流れ出ていた。
バッと顔を上げて周りを見やると20メートルほど先にかなり小規模で滝といえるかどうかは危うかっ
たが、多分滝の部類に入るだろうものがあった。
そして、滝より少しこちら側には大きな岩が数個顔を覗かせていた。
きっと二人は水に流されるままになっているうちにその滝から落ち、ユーリはその岩のどれかに頭をぶ
つけたのだろう。
「ユーリ!しっかりしてください!!・・・はやくギーゼラを!!」