「猊下、明日から暫くお側を離れさせていただきます」

直接的な言い方ではなく、敢えて遠回しに告げる。

「任務かい?」

そう聞き返す瞳は至って冷静で動揺の色で揺らぐことはない。

「人間の国に二週間ほどですけどね。」

やはり今回もダメだったかと僅かに肩を落としてしまう。

「そう、二週間…ね。僕たちはもう帰ってるかもしれないな。余裕かましてヘマするんじゃないよ」

沈みかけた心が少し浮上する。
「かもしれない」という事は帰りを待っていてくれるということのあらわれ。
そして、最後の憎まれ口は「無事で帰ってこい」という事。

本当に素直じゃねぇな。

「こうみえても腕は一流なんでね。ヘマなんかやらかしませんよ」





ゆびきり-後編-





背骨をはい上がる寒さと腹部への痛みで意識が浮上する。
しかし、体全体が水を吸った服を着たように重く、目を開けるのさえ酷く億劫に感じられた。

オレ、生きてんのか…?

靄がかかったような思考も時間が経つにつれ徐々に覚醒し、それに伴い体の感覚も明瞭になり、右手に明らかに自分とは違う体温を感じた。
その体温の持ち主は誰だろうか、確かめようと開こうとしない瞼を叱咤して目を開くが、それを確認する前にオレの手からその感覚は逃げて行った。
そして、その代わりに一番初めに瞳にうつったのは双黒。

「ヨザック、大丈夫?」

それは己の一番に愛する人の姿ではなく、一番に愛する人が一番大切に扱われる方だった。

「へい・・・か・・・?」

どうして、陛下がここに居るのだろう。
オレが倒れたのは人間の国であって眞魔国じゃない。
それに、オレは身元を示すものは何一つ持っていなかったし、森の中で気を失っていたのにベットに横たえられているのも不思議だ。
疑問ばかりが浮かび上がってきて頭少しばかり混乱していた。

「ヨザックの仲間が知らせてくれたんだよ。」

仲間?どういうことだ、オレは確かに一人だったはずだ。
少しばかり視線を動かすと、陛下たちとは反対側のベットサイドに敵の元で別れたはずの仲間の一人が立っていた。

「ヨザック、すまねぇな命令違反の罰はあとで受けるぜ。途中でお前のことが気になってみんなとは分かれてお前のほうに向かったんだ。そうしたら、国境近くでお前が倒れてるじゃあねぇか、俺は慌てて国に連れ帰ったって訳よ。」

オレが取った退路は敢えて眞魔国ではなく人間の国に逃げ込み、その国を経由して眞魔国に戻るといったものだったが、それは眞魔国と他の人間の国と三国の境界線が接している地点を通過するためから国境近くで倒れていたオレをすぐに眞魔国に連れて変えることが出来たのだろう。
「ヨッザク、この人はヨザックの命令には背いちゃったかもしれないけど、それでヨザックの命は助かったんだ。この人の判断は間違ってなかった。だから、罰しないであげて?」

慌ててオレの部下をかばう姿に思わず苦笑してしまう。
本人はお願いのつもりのつもりなんだろうが、これは魔王陛下のお言葉だ。一兵士のオレが逆らえるはずがない。

「わかりました、今回だけは目をつぶりますよ。おい、陛下が優しいお方でよかったな。」

まさか、罷免されるとは思っていなかったのだろう、左側に目をチラッとやると驚いたように目を見張り、その後は情けのない笑みを浮かべていた。

「でも、助かってよかった〜」

「だから言ったでしょう、こいつの生命力は強いを通り越して意地汚いぐらいだと。ましてやユーリが治したんだ、助からないはずがない。」

陛下が治してくれたのか、どうりであれだけ斬られた割には痛みが少ないハズだ。
でも、傷口を塞いだとしても深い傷を負ったことによる発熱は逃れれないらしく、先程から背筋を這いずり回る悪寒が止まらない。

「陛下、ありがとうございます。それよりそこの後ろに控えてる奴、鼻の下伸ばして陛下を褒め称えるのはいいとしよう、だがさりげにオレをけなすんじゃねぇ!」

こう言ったところで、飄々としているコンラッドには無駄だろうが、言わずにはいられない。

「お前とおそろいの傷跡なんて、腐れ縁もここまでくると嫌なもんだな〜ぁ?」

「安心しろ、お前の傷は俺のものに比べたら随分と小さいものだ。それに、名誉の負傷をお前のようなドジの代償と同じにされては困るな。」

くっ、嫌味をこめて返してやったのにそれを爽やかな笑顔で倍以上に黒い嫌味で返しやがった。

そんなオレ達を見て陛下は腹を抱えて笑い身体を小刻みに震わせ、笑いすぎたせいで目尻に溜まった涙を拭いながら言った。

「お礼なんていいよ、苦しんでる人を助けるのは当たり前のことだろ?それに、今回はおれより村田や今は席はずしてるけどギーゼラのほうが頑張ったんだよ。ほら村田、お前も何か言ってやれよ」

本当に陛下は出来た方だと思う。
そりゃあまだ幼くて現実よりも理想を見ているような気がしないでもないが、その理想を現実に変えてしまうだけの力は持ってらっしゃる。
だのに、その事を誇示したりせずいつも控え目だ。
え〜と、陛下のお国では「ヤマトナデシコ」と言うのか?
ともかく、弱きを助け強きを挫くというその信念は賞賛に値する。
と、待てよ?
今、陛下は「村田」と言ったか?

痛みが走るのも構わずに身体を起こして陛下の後ろを覗き込むと、寝ていたら陛下の陰になってわからなかったが、今度は間違いなく双黒の大賢者――猊下が居た。

「猊下!!」

「なんだ、今の今まで気付いていなかったんだ?」

腕を組んで斜に構えて淡い微笑を浮かべる姿は平常と全く変わらず、本心を読むことが出来ず見ようによっては自分の所作などにはひとつも興味がないといった風にも取れる。

「いくら怪我をしているとはいえ、人一人の気配にも気が付かないなんて・・・。それに何が『こうみえても腕は一流なんでね。ヘマなんかやらかしませんよ』だよ。見栄を張った割には随分なやられようだね?これが眞魔国一の腕前かと思うと、情けないったりゃありゃしない。」

「村田!!」

「陛下、いいんです。本当のことですから。」

猊下の仰ることは紛れもない事実。
けれど、モノには言いようがあるのではないか。
確かにヘマはしたけれど、任務はきちんと遂行したし、恋人云々は抜きにしても仮にも怪我人だ。もうちょっと労りってものがあったっていいと思う。
いつもなら笑って、「猊下ったら素直じゃないんだからぁ」とでも受け流せただろう。
でも、正直言って、今のオレにはきつい。
猊下にとってのオレとはなんなのだろう?
居ても居なくてもいい存在?
彼の中のすべてにおいて一番になれないオレは本当に彼の恋人と言えるのか?

「こいつこんな事言ってるけどなヨザックの目が覚めるまでずぅっと手握ってたんだぜ。」

「手を握ってたのは渋谷の魔力をコントロールするためには患者との息を合わせたほうがらくだと思ったからだよ」

陛下はさもおかしそうに言っているだろうが、この場合は猊下の言っている事は本心だろう。
猊下はオレごときのことで心動かされる方じゃない。

「はいはい、大賢者様のお説教はまだ続くみたいだからおれ達は席をはずさせてもらいま〜す」

そう言って陛下は猊下を除くこの部屋に居るものを連れて、最後まで賑やかに部屋を出て行かれた。
残されたのはオレと猊下だけ。
日が翳ったわけでもないのに陛下が出て行かれただけで部屋の中は一気に暗くなったような錯覚さえする。

二人きりにされたところで、どちらも口を開くことなく視線を交わすこともなくただ時間だけが過ぎていき、沈黙によって部屋の空気は重くなる一方だった。

「ヨザック・・・」

沈黙を破ったのは猊下のわずかに震えているような声だった。
ずっと俯いたままだった顔を上げて彼のほうを見遣ると、彼は先程の自分のように俯いてしまっていた。
そのせいで正確に表情を読み取ることは不可能だったが、少なくともさっきのように笑みの表情を浮かべていないことは明らかだった。

「なんで、怪我なんかしてるんだよ・・・。」

先程よりも声は震えていて、最後のほうは聞き取れないほどの涙声になっていた。
よくよく見ると、組んでいる腕も手は強く握り締められ震えていた。

「猊下・・・!」

魔力によって閉じられた腹部の傷が引き攣れるのも厭わず彼の腕を思いっきり引いて、彼が苦しみ過ぎない程度には加減するもののありったけの力をこめて抱きしめる。
抱きしめて、握り締めた手を解いてやるとそこにはどれだけの力で握り締めていたのだろう、短く切りそろえられていてなかなか食い込むことのない爪のあとがくっきりとついており、いつもはか弱い握力の何処にこれだけの力が秘められていたか皮膚が今にも引き裂かれんばかりになっていた。
さっきまでの態度は砂の上の城だったのだ。
意地っ張りな彼の精一杯の虚勢。

「君が重症だと聞いて・・っく、見て・・・どんな思いだったかわかるかい?どんなに心配だったか・・・ふっ・・ぅ」

治療の後で着替えさせられたのだろう真新しいシャツは、握りしめる対象を己から替えた手によっていくつもの皺が寄せられ、胸元は温かな涙でしとどに濡れていた。

「すみません」

決して泣かせたくなかった貴方の顔をオレのために涙で濡らし、歪めさせ、苦悩させてしまい。
貴方の愛を疑って。

「ばかぁ・・・もう二度と、こんなことにはならないで・・・」

「誓います、絶対に生きて帰ります。」

二度と貴方を悲しませないよう。

「生きて、五体満足に、元気で、だ。これは命令」

「はい。」

そのような命であれば喜んで。

「違えたら、グーで一万回殴って、針千本飲ませてやるから・・・」

「は・・・?なんですかそれは??」

そんな刑罰、見たことも聞いたこともない。

「僕の国の方法さ。僕もまだ実際にしているところを見たことはないけど」

じゃあ、聞いたことはあるんですか?

腕の中の彼は落ち着いてきたのか、声はまだかすれているけれど、涙は止まりちょっと笑っているようだ。

「それはなんとも簡単でグロテスクな・・・」

「嫌だったら頑張りな」

「はい。」

眞魔国初のグーで一万回殴られて針を千本飲んだ男にならないように死に物狂いで頑張ります。






いかがでしたか?感想いただけると嬉しいです。
友人の忠犬ヨザがちょっと報われるヨザムラが読みたいという言葉に触発されて書きました。
言葉の端々に現れている村田の愛に気付いていただけたら嬉しいです。
あと、この話は二話で終わったので表記を前編後編と変えました。
では、書くきっかけをくれた水剣 渉のみお持ち帰りOKとさせてもらいます。

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