グリエ・ヨザック―魔族と人間のハーフ。青い目とオレンジの髪が特徴。
先の大戦ではウェーラー卿コンラート率いるルッテンベルク師団に属す。
戦後はフォンヴォルテール卿グウェンダル直属の諜報部員となる。
諜報部員としての腕は眞間国一とも謳われている。
ゆびきり-前編-
チッ!しくじった。
任務中は最後こそ気を抜いちゃいけないとわかっていたのに。
敏腕諜報部員の名に傷がつくな・・・
「おい!そっち居たか!?」
「いや、こっちには居なかった。次はあっちだ!!」
目の前を多くの人間の兵士がドタバタと騒々しく足音を立てて駆け抜けていく。
もう大丈夫か?
スルリと今まで隠れていたソレから抜け出して、人間達が駆けて行った方とは真逆の方向へ足音を消して走りだす。
「しっかし、なんであんな近くに居て気付かないかねぇ?」
そう、オレは隠れていたといっても実際には彼らの目のまん前に居たのだ。
まぁたった一分あるかないかで廊下の飾りと化している甲冑の中に隠れれる輩は早々居るものではない。
と、言うか一般の兵士でそんなことが可能な者が居るのだと知っているものはいないだろう。
自分だって己以外でこんなことが出来る人物は知らない。
出来そうだと思うものは一人思い浮かばないでもないが。
予め調べておいた脱出経路の一つを辿っていると向こうから下っ端の兵士が走ってくるのが見えた。
かといってすぐに戦闘体制に入るわけではない。
相手は下っ端兵士、オレの大まかな特徴は聞いているだろうがはっきりした人相までは聞いていないだろう。
ましてや、こっちはさっき会って片した兵士の服を着ている。
慌てず素知らぬ顔で通り過ぎた方が敵さんもこちらも無駄に傷を負うこともなく、平和ということで
「おい」
ぁちゃー、バレちまったか?
いや、慌てたもの負けだ。ここは平常心、平常心…
「どうしたんだ。そっちはもう調べたぞ」
お、やっぱ下っ端にはバレてないようだな。
「いや、念のためこっちも張っておけと仰せつかったんでね」
「そうか、相手はかなりの腕っ節と聞いたぞ、気をつけろよ」
これはこれは、お褒めの言葉ありがとうございます。
「そっちもな」
そのまま何食わぬ顔をして通り過ぎた。
ここの兵士の教育はなっちゃいねぇな・・・
この非常事態時に見知らぬ顔を見て素通りさせるなんてバカかと思う。
今の己のように敵が変装している可能性も充分あるのだから、自分の知らない顔を見たら部隊を訊ねるだなんだカマをかけて疑うべきだ。
国に戻ったらウチの兵士も鍛えなおしとかなきゃな。
ま、無事に戻られたらの話だがな。それも今の状況じゃかなりきつい。
その後は、幸いにも敵さんに会う事もなく、すんなりと出口近くまでやってこれた。
が、そこには数人の人影が。
瞬間、敵にバレたかと思い剣を抜きかけたが、そこにいたのは共に潜り込んだ同僚達だった。
「ヨザック!無事だったのか!?」
オレが近寄ると仲間達に一斉に囲まれた。
場所が場所だし、状況も悪い現状で大声で話すわけにはいかないが、それでも彼らの表情や言葉でオレのことを本当に心配していてくれたのが手に取るようにわかる。
「心配かけてわりぃな。だが、今はおれのことを言ってる暇はない。」
オレの一言で場の空気は一瞬にして引き締まる。
ほぼ無傷のオレを見て泣きそうになっていた奴も、打って変わって真面目な顔になる。
「お前らはこれを持って逃げろ。オレはルート1を通るからお前らはオレ以外のとこから帰ってくれ」
今回の調査結果を書いた紙を同僚の一人に受け渡す。と、同時にこの国の軍服を脱ぎ捨てる。
「ヨザック、お前はどうするんだ」
「オレはもう面が割れちまってるからな。おとりになって敵をおびき寄せる」
今、軍服を脱いだのも皆とは違うルートを選ぶ理由もそこにある。
そうすることはオレの死のリスクが高くなるが、今となってはそれが一番安全に調書を国許に届ける手段となっていた。
「ヨザック、せめてもう一人くらい・・・」
「ダメだ。今お前達が守んなきゃなんねぇのはオレじゃなくてその書類だ。・・・情に流されるな、これは任務だ。グズグズしてる暇はない、サッサと行け!」
誰もが奥歯をかみ締めた。
しかし、今は迷っている暇はない。こうしてる間にも追っ手がやってきている。
見つかるのも時間の問題だろう。
「絶対!絶対生きて帰るんだぞ、ヨザック!!」
「ハッこれでもルッテンベルク師団の生き残りだぜ?帰ったらグリ江ちゃん特性ケーキ食わしてやるから早くお家に帰りなさい。」
あえて冗談交じりに言ってやると、眉をひそめ、悲愴な顔をしていた同僚達もわずかに表情を和らげ、一目散に走り去っていった。
「さてと、敵さんはざっと30人ってとこかしら?」
仲間たちを見送っている間にも敵は着実に俺の後を追っていたようで、後ろからは大量の人間の足音が聞こえてくる。
先頭のほうに立っていたのは、先程オレとすれ違った兵士だった。
きっと彼から漏れたのだろう。やはり始末しておくべきだったか?
「見つけたぞ!貴様さっきはよくもだましてくれたな!!」
「ハン、本当に気付かなかったのかよ。そんなんじゃいつまでたっても出世できねぇぜ!」
少しでも敵を撒きやすいよう森の中に逃げこむ。
本来、夜の森は鬱葱とした木々により光が遮断され暗闇にまぎれて逃げることを後押ししてくれるが、今日は分が悪かった。
悔やむべきかな、今夜は満月だ。
新月なら職業柄暗闇を動き回ることになれているオレのほうが多少有利になってくるが、満月の今日は夜でも充分に光が行き届いており、森の中も相手にとってはオレひとり追うことは容易いくらいの明るさだった。
人数的な不利は勿論、この国の人間は存外に腕が立つ。
仲間にはあんな大見得を切ったが、実のところかなり危ない位置に居る。
五体満足で帰ることはおろか、生きて帰れるかももう怪しい。
それでも、なんとか戦いながら、敵を撒きながらも逃げ回りオレを追う敵は一人となっていた。
最後の一人もとっとと始末をつけてしまいたいが、いかんせんこっちはこれまでの間にかなりの傷を負っている。
このまま切り結んだところで負けるのは目に見えているが、撒ききれそうない。
ここまでか?
でも、このまま何もせずにやられるのは性にあわない。
いっちょ暴れてやりますか
走る足を止め、剣を構えて相手に向き直る。
獲物の種類は同じ接近戦向けの剣。力量はオレのほうが上と言いたいが、手負いの分相手のほうが上だろう。
良くても相打ち――ならばあえて身をかばったりはせず、相打ち覚悟で相手の懐に飛び込む。
ザンッ
確かに手ごたえを感じた。
後方では人の倒れる重い音が聞こえた。
けれど、自分の身体にも激痛が走る。
自分もまた、深い傷を負ったのだ。
立つこともままならず膝からくず折れる。
地面に剣をつきたてなんとか身体を支えるが、それも長くは続かず、地面に立てた剣はそのままに受身を取ることもなく倒れる。
本当に終わりだな。
囮になることを決めた時点で自分の身分を示すものはすべて破棄した。
だから、ここで死のうともオレの名前はおろか人間か魔族かの判断もつかず、眞魔国への被害は一切ない。
諜報部員になった時点でいつでも命を落とす覚悟はしていた。
でも・・・
死にたくない
死ぬのが怖いのではない。
自慢じゃないが生まれてこのかた死ぬより辛いだろうことは嫌と言うほどしてきた。
自分が死ねないのは、待っている人達が居るから。
口ではなんと言おうともオレを迎え入れてくれる人が、あの人が待っているから。
げいか・・・・
手を握り締めるが、土を抉り取る力もなくオレの意識は暗闇へと落ちていった。