やさしい音色-7-




部屋に入ってきたコンラッドは優しい微笑ではなく、どこか思いつめた表情を浮かべていた。
だから、わかちゃったんだ。
元からおれはあんたの顔を見なくてもどんな顔をしているかわかってたのが、聴力を失った今はなんて
言いたいのかまでわかるようになった。
聞いたんだね、おれの心の闇を。

「・・・村田から聞いたの?」

って、当たり前だよな。村田以外知らないんだし。

「はい、つい先程」

本当に不思議だ。
おれの耳は聞こえてないのに、頭にはあんたの声がきちんと響いてる。
今の声はきっと冷たさを含んだ硬い声。

「たぶん、村田が話したことは全部本当のことだよ」

こんなときに嘘を伝えるようなやつじゃないから。

「なぜ、俺に話してくれなかったの?」

そんなの決まってんじゃん。だってさ、

「そんな話したら、コンラッドが辛そうな顔するから」

ほら、今も。
やっぱり泣きそうな顔をする。
いい男が台無しだよ?

「それにさ、側にいてくれるって言ったあんたを疑うみたいでさ・・・」

でも、ちゃんと信じてる。信じてるんだよ?

「なのにさ、頭のどこかで声がするんだ。前だってそうだっただろうって。」

前だって、おれに「手でも胸でも命でも差し上げる」って言ってたのに、おれに忠誠を誓っていたくせ
に何も言わずに離れていったじゃないか。
なのに、また信じるのか?
口で言うのは簡単だ。
また裏切るかもしれないぞ。

「あの時だって、役目だってわかってるのに・・・!」

つ・・・と一筋、何か熱いものが頬を伝っていく。

「それに、おれって最悪なんだ。あんたがおれのことを陛下じゃないって言って、別の奴を・・・ベラー
ルを陛下って呼んだとき、おれはなんて思ってと思う?」

――コンラッドはおれの臣下だ!

「いつも、陛下って呼ぶなとか、命は平等だとか言っておきながら結局は・・・あんたを、臣下という立
場に縛り付けてる!!臣下なら、ずっと離れることはないって!」

絶望したんだ、コンラッドが帰ってこないという事、おれもベラールと変わらないということ。
結局はすべて自分のエゴ・傲慢だ。
悪性を強いているという王とどう大差があるというのか

「おれが王でいちゃいけない!」

「ユーリ、落ち着いて」

ぎゅっと抱きしめられる。

自分でも、何を言っているのかわからない。
落ち着かないと、冷静さを取り戻せ。
じゃないとコンラッドの声が聞こえなくなる。
けど、一度堰を切ったものはそう簡単には収まらなくって、ただ、泣いた。

服が、濡れて汚れるのもかまわずコンラッドの胸に顔を押し付け、コンラッドが悪いわけじゃないのに、
コンラッドの肩をがむしゃらに殴り、子供のように声を上げてずっと、ずっと泣き続けた。

そうやってどのくらい泣き続けただろう。
その間もコンラッドはずっと抱きしめて、なされるがままだった。
泣き止んだ今は、背中を優しくなでてくれている。

「ユーリ、落ち着いた?」

もう、大丈夫。
コンラッドの声が伝わってくる。
まだ、聞こえはしないけども、胸に預けた顔からやさしい振動が伝わってくる。
今のコンラッドの声はきっととっても優しい穏やかな声。

「ユーリ、ごめんね。俺のせいで」

「コンラッドのせいじゃない・・・」

「ありがとう。俺は絶対にユーリから離れない。たとえ、眞王からの命でも二度とあなたの側から離れ
たくない。」

何回も聞いたことなのに、前と言ってることは同じなのにちょっとずつ胸のわだかまりが解けていく。

「それにね、本当に傲慢な人って言うのはそのことに気付かないんだ。だから、自分の事をそう思うユ
ーリは誰よりもやさしくて強い、王にふさわしい人間だと思う。」

そうかな?おれはそんなに素晴らしい人間だとは思えないけど。
でも、こんなこと言ったらきっと、もっとこっぱずかしいこと言われるんだ。
だから、何もいえなくってコンラッドの腰に回してる腕に少しだけ力を入れる。

「あと、ひとつ。とってもいいこと教えてあげる」

とってもいいこと?なに、クマハチが帰ってくるとか?

「違います。もっといいことです。」

「まだ、何も言ってないんですけど。」

「何考えてたかだいたいわかります。・・・ユーリ、よく聞いて。
別に俺が臣下でなくなったからと言ってあなたから離れるわけではありません。
もっと近くにいることもある」

「どういうこと?」

臣下じゃなくなるってことは、護衛やめるってことだろ?
そしたらやっぱり側にいられなくなるじゃん。

「例えば、今がそう。今の俺は、臣下じゃなくあなたの恋人であるただの男だ。違う?」

そう言って、残っていた涙を拭うように目元にチュッとキスされる。

「そーですねー」

あんまりにも恥ずかしいことをサラって言うもんだから顔を上げれない。
きっと耳まで真っ赤になってるから、コンラッドにはバレてしまうだろうけど。

「だから、安心して?」

さっきまで背中をなでていた手が今はあやすようにぽんぽんと軽く叩いている。
それが何処懐かしくって、心地よくっておれの視界は次第にフェードアウトして言った。

 
 
 
 
 
 
 

Love me tender,love me sweet
Never let me go
You have made my life complete
And I love you so

 

ここは何処だろう。
とても、気持ちよくて安心する。
おれは、どうしたんだろう。
・・・あぁ、そういえばおれはまだ赤ん坊なんだ。
じゃあ、この歌は?

知らない。    ――シッテルヨ

この声は?

わからない。   ――ワカッテルヨ

でも、離れたくないんだ。
ずっと聞いていたい。
こうしていたい。
誰も邪魔しないで、このままでいさせて――

 
 
 
 
 

・・・・tender,love me long
Take me to your heart
For it’s there that I belong
And ・・・

ふっと目が覚めた。
ここは何処だろう、なんだか暖かい。

「この歌、好きだな」

「ユーリ、気付きましたか?」

耳をつけてる暖かいものから、くぐもった声が聞こえてくる。
それでコンラッドに抱きしめられてることがわかった。
それと同時にずっと歌っていてくれたことも。
おれ、あのまんま寝ちゃったんだ。
え〜と、泣き寝入り?いや、違うな。えっと・・

「ユーリ、覚えてる?泣き疲れて寝てしまったんですよ。」

「それだ!!・・・じゃなくて、おれどれくらい寝てた?」

コンラッドいわく、3時間ほど熟睡。
ベットに連れて行かれても全く気付かないほどに。
泣き疲れてって・・・マジで子供かよ、おれ。

「       」

「ユーリ?」

「もう、大丈夫」

 
 

――ちゃんと聞こえるよ、あなたの声が――

 
 
 
 
 
 

End
 


はい、ごめんなさい
やさしい音色は捏造過多です。
心因性難聴はもっと大変であんなあっさり治らないみたいです。
まず、片耳からはじまるのは然り、両耳なることはめったにないとか。
あと、聞こえにくいときならまだしも、聞こえなくなってからは薬を飲み続けても治ることは早々ないみたいですね。
心因性難聴の方、またそれに関わりのある方がいらしたらすみません。

あと、最後のほうのユーリのせりふですが、あえて何も入れておりません。
皆様のお好きなように考えてください。

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