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『旅に出ます。捜さないでください。ユーリ』
『ユーリを追いかけます。ついて来ないでください。コンラート』
なんとも変わった置手紙を残し、王と従者は城から姿を消した。
もはや茶飯事となっているこの「家出」に、もう誰も驚かなくなっている。
ウェラー卿が一緒なら大丈夫だろう、と。
王佐フォンクライスト卿だけは未だ事に慣れないでいたが、周りはすでに対処法を心得ていた。
フォンヴォルテール卿曰く、『喚くなら 殴って鎮めろ 教育係』だ。
「あらお帰りなさい、ゆーちゃん。今回はコンラッドさんも一緒なのね」
「お邪魔します」
地球の、しかも風呂場から出たおれとコンラッドに、さも当然のごとくかけられる言葉。
名付け親で、おせっかいで、意外と強情な一見すると爽やかな好青年は、見事に内側を隠しニコリと微笑んだ。
「ただいま。言っときますけどね、こいつは強引について来ただけだから。遊びに来たわけじゃないから」
「まあ、強引なんて情熱的ね。ママ羨ましいわー」
いつの世でも女性はこういうことに寛大らしい。
「ったく、何でついて来たんだよ。せっかくこっそり出て来たってのに」
「こっそり出たりするからですよ。ちゃんと言ってくれれば邪魔しないのに」
危なくなければね、と付け加えたコンラッドはちゃっかり親父の服を着ている。
こっちへは血盟城の噴水を通ってきたのだが、呆れたことに気配を消していたのか、
飛び込む寸前まで彼が追って来ていたことに気づかなかったのだ。
見つかったら逃げるとでも思ったのだろうか?
……まあ、逃げるけど。
「たまには里帰りってのもいいだろ?」
「俺は何も聞いてませんよ」
「でも知りたいって顔してる」
コンラッドは返事の代わりに、鋭くなりましたねと苦笑した。
1階に下りると、おふくろが既に夕食の仕度を始めていた。
「あ、ゆーちゃん。今日はすき焼きにしようと思うんだけどどう?」
「すき焼きーぃ? この暑い日に……」
「何言ってるの、暑い日こそしっかり食べなくちゃ駄目なのよ。暑い日に熱いものを!
それが日本男児の魂ってものでしょ」
なら聞いかないでくれ!
心の中で叫ぶついでに、コンラッドの間違った『スキなものだけヤキたい』という知識も訂正してやった。
「そういえばゆーちゃんの浴衣、新しいものを買っておいたから着てみて。
今年はコンラッドさんたちの分も用意したのよ。向こうに戻るときは持って行ってね」
「はい。ありがとうございます、お義母さん」
「ぶはっ」
聞き慣れない単語で、飲んでいたジュースを盛大に吹き零してしまった。
「ちょっと待った! お義母さんってなんだよ!? いや、意味は分かるけど、何でそんなことになってるんだ」
当然ともいえるおれのツッコミに2人は、え? という顔をした。
「何言ってるのゆーちゃん」
「そうですよユーリ」
「何をいまさら!」
…………。
半ば強制的に着せられた浴衣は、目にも鮮やかな白群で、コンラッドのほうは落ち着いた緑青色だった。
「はあ。いきなりあんなこと言うなよな、心臓に悪い」
「すみません。以前来たときにはもう知れていたようなのでつい。母親の勘だと思うけど……嫌でしたか?」
「嫌とかじゃなくてっ、恥ずかしいだろっ」
夕食までのあいだ庭に出て、どっかと買い込まれていた花火のひとつを眺める。
パチパチと爆ぜる色とりどりの花火は、自然と心を和ませてくれた。
クーラーが当たり前になっている時代でも、ウチでは団扇とブタが活躍している。
「風流ですね」
「日本の夏といえばやっぱコレだろ。コンラッドには似合わない気もするけど」
言われた本人は眉を軽く寄せ、失礼なと呟いた。
けれどすぐ元に戻し、「ユーリにはよく似合いますよ」とも言った。
「よくそんな……ま、いいや。眞魔国には花火ないよな? 持って行ってもいいかな?」
「眞魔国にもありますよ。こっちとはだいぶ違うけど」
「えっ、嘘!?」
初耳だ。
「一番人気があるのはひつじ花火かな。逃げると追いかけてきて、ぶつかる衝撃で吹っ飛ぶヤツ」
……それは花火と言えるのか?
「でもちょっと危ないから。地球産なら安全だし、持っていけばグレタが喜ぶ」
「そうだな! よし、夕飯済ませたら行こう」
「いいんですか? ゆっくりしたかったんでしょう」
「いいの。おふくろの顔もみたし、これからすぐってわけじゃないし」
消えた花火の後始末をしながら、必要なものを袋に詰め込む。
「2人ともーご飯できたわよー」
「はいはい、今行きますよー」
暗くなった空には、花火のように散った無数の星がきらきらと輝きを放っていた。
−END−
オマケ