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約束




「春になったら二人で丘へ行こう」

そう約束したのが去年の夏。
ユーリがこちらへ戻られたとき、人間の国へ留学しているグレタも丁度眞魔国へ帰省しており、久しぶりに父親に会えたのが嬉しかった彼女はユーリの鳩尾に親愛の表現の一つタックルを決めつつ

「ユーリ、皆でどこかに遊びに行きた~い!!」

と言ったため、娘が可愛くて愛おしくて仕方がないユーリは二つ返事でそれを了承した。
勿論、グウェンダルやギュンターは反対した。

「グレタはいつも眞魔国にいるわけじゃないし、おれだってグレタが眞魔国にいる時に帰って来れるとは限らない。いくらこっちの世界とあっちの世界を自力で行ったり来たり出来てもこっちの予定がきっちり把握できるわけでもなく、下手をすれば数年会えないって可能性もないわけじゃない。娘としてはいつも親といたいだろうに、それを我慢して知らない国で頑張っている子のちょっとしたお願いくらい聞いてあげたいとは思わない?別におれとずっと遊んでるとか遊園地を作れなんて言ってるんじゃないんだよ?それに親子のいい思い出を作ってやりたいと思うのは間違いなのか?なぁ、グウェンダル、ギュンター、おれ間違ったこと言ってるか?」

ユーリも負けじとお得意のトルコ行進曲を披露し、

「グウェンダル~一日だけユーリとお出かけしてい~い?」

と、扉から顔だけをちょこんと覗かせてお願いに来たグレタを見た二人は渋々ながら一日だけならと許可を出した。


次の日、ユーリ・グレタにヴォルフ、そして俺の4人は血盟城の近くの丘に来ていた。
ユーリは「夏だから海だろう!」と意気込んでいたが、魔王専用海水浴場まではそれなりに距離があり日帰りでは無理と判断されたため渋々ながら、この丘でピクニックをすることに決めたのだった。


――後日、「夏の間に一度は海に行きたい!!」と、ユーリが押し切って海にも行くことになったのだが、それはまた別の話。――


「うわー、すごいねユーリ。グレタ、こんなおっきな草原見たことないよ!!」

グレタの言葉の通り、この丘は見渡す限りが草原で草以外にはところどころ木が生えている程度で何もなかったが、子供が駆け回って遊ぶのには最適だった。

「すっげ・・・こんだけ広いと走りたくなってくるな。よし、グレタ、丘の上まで競争だ!!」

「うん!」

そうして二人は一斉に丘の上目掛けて飛び出していった。
それに続き、

「こら、僕を置いていくんじゃない!」

とヴォルフも走り出し、俺も護衛としてユーリから離れるわけにはいかないため後を追い、ユーリとグレタの二人で始めたかけっこは4人でのかけっこに変わっていた。
しかし、かけっこと言ってもユーリもヴォルフも本気は出しておらず、娘を一番にしてやって喜ばせてやりたいのだろう、追い越せるところをあえて追い越さずグレタに何かあったときはすぐに対応できるくらいの距離を保って彼女の後ろを走っていた。
二人ともすっかり“父親”が板についてきたなと微笑ましく思っていると、

「あれぇ?」

というグレタの声が聞こえてきた。
目の前のグレタから視線を上げると、丘の向こうにパラソルが覗いていた。
すぐに剣が抜けるように構え、ユーリたちを追い抜いて丘の上まで登った先には・・・

「ツェリ様!!」

「母上!?」

年中自由恋愛旅行で各国を巡り歩いている母が優雅にお茶をしていた。

「それになんで村田達まで!?」

そう、猊下も母と共にお茶をしていたようで手にはカップを持ち足を組んで椅子の背もたれに背を預けるように座っており、今は猊下のお付となっているヨザックはメイド服を着、かいがいしく給仕をしていたようだった。

「ここに来るつもりだったツェリ様に偶然会ってね。誘われたのさ」

「あたくしは、今日の朝帰ってきてみたら皆でお出掛けするって聞いたから混ぜていただこうと思ったのよ。陛下、ダメかしら?」

母親に対してこう思うのもなんだが、日除けの大きなパラソルを突き立て、どうやって運んできたのだろうか、折り畳みではない豪勢なテーブルにそれに見合った人数分の椅子、給仕道具やお茶請けは勿論、給仕用のワゴンまで用意しておいてダメかしらも何もないと思う。

「全然!こういうのは人数多いほうが楽しいし、むしろ大歓迎だよ。本当はグウェン達も一緒が良かったんだけど執務があるからって駄目だったんだ。」

そう、グウェンダルとギュンターは王の分の執務もしないといけなくなったため今回は城に残って不参加となった。

「あぁん、だから陛下大好き!じゃあ早速お茶にしましょ?」

そうして、かけっこの勝敗はうやむやのままお茶の時間が始まったのだった。



「なぁ」

遊びまわってるグレタとヴォルフを木陰で休憩しながら見ていたユーリが、視線はグレタたちに残したまま声をかけてきた。

「ツェリ様に聞いたんだけどここってさ、春になると花畑になるんだろ?」

「はい、それはもう見事なんです。その光景を見たものはここ以外の花畑など花畑ではないと言われるくらいなんです。見たいですか?」

俺の話に相槌は打つものの視線は相変わらずグレタ達で、俺もユーリではなくグレタ達の動きを目で追っていた。

「うん。見てみたいな」

「では、春になったらまた来ましょうか。・・・今度は二人きりで。」

「約束な。」

「ええ。」

約束するときだけはユーリは俺を見上げ、俺もほんの少し頬を紅く染めたユーリを見つめて誓った。




今、眞魔国は厳しい寒さを運ぶ将軍を追い払い、暖かな女神の慈愛に満ちた季節を迎えていた。
きっともうすぐユーリが帰ってくる。
今までの帰還の周期からして遅くとも一週間以内には帰ってくるだろう。

ユーリはあの約束を覚えているだろうか?
ユーリは約束をたがえない人だ、きっと覚えていて心待ちにしてくれているだろう。

と、とりとめもないことばかりを考えらしくもなく浮き足立ってしまう。

「コンラート、いったいどうしたんだ?」

グウェンダルの所へ書類を持っていった帰りにすれ違いざまにヴォルフラムにたずねなれる。

「何が?」

「何かあったのだろう?雰囲気がいつもと違う。」

「いや、とくに何もないが。」

そう言えば、さっきグウェンにも何かいいことでもあったのかと聞かれた。
自分ではいつも通りのつもりだが、何か違うのだろうか?
すると、なんとも都合のいいことに向こうから腐れ縁のヨザックがやってきた。

「よ~ぉコンラッド。久しぶりだな。」

ヨザックはユーリたちが向こうに帰ってしまわれてからすぐに諜報活動に駆り出され、それから今までの間ずっと会っていなかった。
つい今しがた任務を終えて戻ってきたところなのだろう。

「あぁ、半年ぶりくらいか。今から報告か?」

「そぉよ。閣下のとこに行ってくると・こ。それよりお前さん、なんかいいことでもあったか?坊ちゃんがいるわけでもないのに、頬が緩んでるぜ?」
前半部分は報告書を丸めて首の横で手を組みシナを作る。
はっきり言って何処からどう見ても男の格好で上腕二等筋をこれでもかと盛り上げられてやられても気色悪いだけだ。

「その格好でオンナ言葉はよせ。・・・そんなにいつもと違うか?」

「まぁな。ちょっとやそっとじゃわからんが、なんだかんだ言っても付き合いが長いからな、なぁんとなくわかんだよ。」

自分では気をつけていたつもりだったが、どうにも隠せないほど浮かれてしまっているらしい。
いっそう気を引き締めないといけないな。


しかし、ユーリは待てど暮らせどいっこうに帰ってはこなかった。

向こうでの生活が忙しいのだろうか?
それとも、体調を崩してしまっているのだろうか?

いっそのこと自分から向こうに行って確かめてきたいのだが、俺にはそんな術はなくただ待つだけの日々が続き、気が付けば花の盛りはとうに過ぎていた。
最近では前とは逆に「怒っているのか」とか「何か悪いことでもあったか?」と聞かれることが多くなった。
ヨザックにも

「ほんと、どうしたんだよ。最近おかしいぜ?」

と言われてしまった。
最近は不安に駆られることが多くなった。
ユーリが自分との約束を忘れるはずがないと思ったのは自惚れだったのだろうかとかなんとか。
前回の浮かれっぷりといい、最近の自分は全く持ってらしくない。
よもやたった一つの些細な約束で一喜一憂する日が来るとは誰が思っただろう。

いったいユーリはどうしてしまったのだろう。

そう考えながら自室に入ると奥の扉から物音が聞こえてきた。
その扉の奥は自分の浴室だ。
そんなところから音がするということは、つまり

まさか――

一足飛びで浴室に向かい扉を開けたその先には

ずぶ濡れになりながらもこちらへむかって歩いてくる愛しい存在が。

「コンラッド、こっちは今何月?まだ春なのかな??」

覚えていてくれた。

明確に、俺との約束を口にしたわけではないけど、わかる。
ユーリは確かに去年の夏に交わした約束を覚えていたのだ。

ユーリの元に駆け寄り、自分が濡れるのもかまわず抱きしめる。

「間に合わないかと思いましたよ?」

再会の喜びは情熱的な口付けで。

「ごめん、こっちとの時間のズレがいまいちつかめなくって。ってコンラッド、その顔は反則・・・」

きっと、今の俺の顔は顔の筋肉という筋肉が緩んでしまっているだろう。
でも、それでもかまわない。

「花は、まだ咲いてる?」

「えぇ、盛りは過ぎてしまいましたが、充分綺麗ですよ。」

「ちょっと残念だな。一番綺麗なときが見たかった。」

それでは、またあの丘で約束しよう。




「来年の春、花が盛りの頃にまた来よう」







さび様からのリクエストで「春で浮かれているヘタレなコンラッド」でした。
さび様からのご要望どおりに出来ているといいのですが・・・
春がテーマの割に夏のシーンのほうが長いです。ダメじゃん!!
でも、トルコ行進曲は頑張りました。燃え尽きました。
では、さび様のみお持ち帰OKです。


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