お庭番の業績
グリエ・ヨザック――フォンヴォルテール卿グウェンダル直属の敏腕諜報員だ。
そんな彼の一日は波乱に満ちている――
「ヨザック、これとこれをあそこに戻して、この3冊を探してきてくれるかい?」
「はいは〜い」
眞魔国内にいる間、ヨザックは大抵の時間を双黒の大賢者こと村田健の付き添い(護衛)に費やしている。
ヨザックは諜報員と言う仕事柄、国を空けることが多く、村田も異世界と行き来しているため常に眞魔国にいるとは限らない。
仮にも恋人と言う間柄でありながらなかなか会えないヨザックとしては、仕事という名目であれなんであれ村田と一緒に入れることが幸せだった。
なのにその恋人がまたツレないのである。
それなりの事はしてきているのだから、二人きりのときくらい甘い雰囲気になってもいいと思うのだが、公私の区別はきっちりつけるタイプらしく、甘さのかけらも醸し出してはくれない。
「猊下、愛してますよ」
と言った所で、
「そんなことはいいから、はやく本探してきて」
の言葉で一蹴される。
そればかりか、村田にこき使われる様子を見ている巫女達はついでにとさらに用事を突き付けてあるのである。
涙が出ちゃう、グリ江女の子ですもん
と、どこから出したのか白いフリル付きのハンカチの淵をかみ締めどこか聞き覚えのあるフレーズを言ったとしても許して欲しい。
こんなときはいつも幼馴染のことがうらやましくなる。
幼馴染のコンラッドは主である陛下が異世界に行ってらっしゃらない限り、公私共にべったりと張り付き、陛下があまい事に漬け込みそれこそ公私問わず好き勝手しているのだ。
このことを一度本人に話したところ
「貴様、だからと言ってユーリを狙っているんじゃないだろうな」
と言って、本気で殺されそうになったので二度と彼に相談すまいと胸に刻んだのである。
これでもヨザックは「猊下一筋!!」で、他の者に目がいくことはない。
確かにユーリは可愛いが、どこか幼すぎて例え手をだそうにも犯罪者になった気持ちになって出せないのだ。
手を出せる奴がいたらそいつこそ本物の犯罪者だと思うくらいに。
今日は快晴。ふと空を見上げれば透き通るばかりの青が目に入ってくるが、ヨザックの胸の中は別の意味で真っ青だった。
早いこと用事を済ませてしまおうとため息をひとつこぼして目線を空から戻すと、向こう側にユーリが歩いているのが見えた。
足をそちらに向けて歩いていくと、向こうもそれに気が付いたようで手を振りながら歩いてきた。
恋人のそれとは違う、明るい可愛い笑顔を浮かべて。
「ヨザック、今日はどうしたんだ?」
目の前に来て、首をかしげて問うその仕草は本人がどう思っているかは知らないが犯罪的に可愛くてつい撫でくりまわしたくなる。
一瞬視線を周囲にめぐらせ、腰ぎんちゃくよろしくの幼馴染が珍しくいないことを確認すると、ヨザックはためらうことなくユーリを抱きしめた。
「わわ、ヨザックどうしたの?」
抱きしめられたユーリも戸惑いこそすれとくに抵抗することなく、ヨザックの腕の中にすっぽりと納まっていた。
「あぁ〜本当に癒されるわぁ〜」
その様子を感じ取ったヨザックはほうとひとつ息を漏らし、わざとらしくシナをつくって言った。
「なぁに言ってんだよ、グリ江ちゃんには村田がいるだろ〜」
ヨザックが普段、村田に袖にされていることなど露ほども知らないユーリは笑いながらヨザック自慢の上腕二等筋をぱしぱしと叩いていた。
そのズレた感覚がヨザックへの癒しを誘うことも知らずに。
「へいかぁ〜もうちょっとだけこのままでいさせてください」
ユーリのことだから二つ返事で許されると思ったのだろう。
しかし、予想に反し、ユーリはものすごい勢いで抵抗を始めた。
「ヨザック、それはやばいって!!ってか後ろ!」
ユーリの急変と最後の一言にひっかかりユーリから離れようとしたとき、ヨザックの首には剣が当てられていた。
背筋に嫌な汗をだらだらと流しつつ、首を刃で傷つけないようゆっくりと振り向いた先には、激昂して剣を構えている幼馴染がいた。
「ヨザ、お前がそんなに死に急いでいる奴だとは知らなかったな」
さらに間の悪いことに、幼馴染の後ろには最愛の恋人の姿があった。
「コンラッド・・・猊下・・・」
今まで窮地を乗り越えてきた経験を生かして、どうにかこの場を切り抜けようと頭をフル回転にする。
が、その間にも場の空気は悪化するばかりで、村田には
「ヨザック、そんなに渋谷がいいなら渋谷の護衛にしてもらったら?」
とまで言われてしまった。
眞魔国で一・二を争う腹黒が二人揃った事と、その二人の表情は笑顔であるものの笑みをかたどっているのは口ばかりで目は笑ってないという状態で、さっきまで快晴だった空には暗雲が立ち込め今にも雷雨と強風で吹き荒れんばかりになっていた。
もはや言い逃れは不可能と悟ったヨザックは、
「かかかか閣下のところに次の任務を聞きに行かなきゃなんねぇんで失礼しやす!」
と、器用にも後ずさりで走るといった芸当を見せ、コンラッドの居合いから抜けた途端猛ダッシュでとんずらをこいた。
―――かくして、諜報員・グリエ・ヨザックの業績は作られていくのである。