新たなる旅立ち
まだ日の出の数刻前、辺りは暗く血盟城も警備している兵以外は寝静まっている。
そんな中、カツカツと響く足音が一人分。
彼が通る度に警備をしている兵士達は瞳に涙を浮かべて敬礼する。
そんな兵士達を横目に見遣る彼の目もまた、憂いに満ちていた。
けれども、その想いを打ち払うように姿勢を正し颯爽と一室を目指していく。
目的の部屋に着くと、ノックも無しに室内に入り扉付近の蝋燭に火を灯す。
そうして中央に置かれた大きな寝台に近寄り寝台の横の蝋燭にも火をつけ、中で眠る人をそっと起こす。
「起きてください。時間ですよ」
「ん・・・」
布団に潜りこんでいたため外からはわずかにいつまでも変わることのないつややかな髪が覗くだけであったが、微かな呻き声と共に白い肌が、その顔が現れる。
髪と違い、その顔は長いときの間に幼さを醸し出していた丸みが取れ鼻筋が通り精悍な青年へと変化を遂げていた。今は隠れてしまっている身体も、背が伸び、それに伴って骨格も発達し華奢ながらも男の厚みを持った体躯へと成長した。
しかし、眠りと目覚めの間で震えている睫の下にある黒い瞳はいつまでも変わることなく、気高い輝きを放っている。
「ぅん・・・おはよう、コンラッド」
「おはよう・・・ユーリ」
今まで毎日のように繰り返された問答をすることは、今日からはもう、ない。
「夜明けまでは後どれくらい?」
「準備と荷物の最終確認をしたくらいで丁度かな?」
彼が選んだのは夜明け。一日の始まりを告げる日の出と共に新たな一歩を踏み出したいのだと、そう言っていた。
「そう、じゃあちゃっちゃと済ませないとな。」
ユーリは辺りが薄暗いことを除けば、いつもと変わらない様子で仕度を始める。
それは、いっそ今確認をしている荷物があるのが不自然すぎるほどに。
けれど、そうしている間にも時は立ち、刻一刻と別れまでの時間を刻んでいく。
最後に手ぬぐいを詰め、袋の口を縛る。
「これで、終わり。」
ちょうど荷造りが終わったところで、扉が遠慮がちにノックされる。
薄く扉を開くと気落ちした顔の新米兵士が立っていた。
「なんだ?」
「眞王廟からの伝達です」
新米兵士から伝達内容を聞き、扉は閉めずに寝台の側に立っているユーリのほうを振り返る。
「・・・村田達から?」
ユーリの声からは感情が読む取れず、こちらに背を向けているためその表情もうかがい知れない。
今、彼の胸にはどんな気持ちなのだろう?
長い間、彼の側に仕えてきて彼の気持ちは手に取るようにわかっていたのに今日の彼の気持ちだけが、わからない。
いつもと同じようで、違う。
けれど、その違いがわからない。
「そうです。」
「じゃ、行こっか」
そう言って振り返ったユーリの表情は満面の笑み。
王らしくないと言われていた時もあったが、長年王座にいたことによりユーリには自然と威厳が身に染み付いていた。
それは、今のようなラフな格好をしていても、黒衣の正装に赤いマントを翻しながら歩いているかのような錯覚を起こさせるほど堂々として風格の漂うものだ。
そのような錯覚を後ろに立つ新米兵士も覚えたのだろう。しかし、それと現実のギャップがあまりにも悲しく、兵士の目には今にも零れんばかりの涙が溜まっていた。
その兵士の様子に気づいたユーリが兵士に柔らかく微笑み、部屋から出ようとする。
が、そこで足を止め、室内を振り返る。
「やはり、名残惜しいですか?」
その質問にユーリはすぐに答えず、しばしの沈黙が辺りには訪れる。
ふと、何かを振り切るかのように左右に頭を振り真っ直ぐと前を向いた。
「いや、もうここはおれの部屋じゃないから。」
ユーリは先日、引退を表明した。
少し前から何かを考えているような素振りはあったのだが、聞いても教えてはくれず最終的には誰にも相談せずに決めたことだった。
突然のことに眞魔国は勿論、他国にまで動揺が走った。
国内の重鎮や貴族はこぞってユーリに詳しい話を聞こうと城に押し掛け、国交のある他国からは説明を求める手紙が山のように届いた。
それもそのはず、長年とは言ってもその在位期間は比較的早く退位した先代のツェツィーリエにも遥かに及ばず、ユーリの外見はまだ人間で言うところの二十代半ばで年齢も八十歳に満たなかった。
戴冠したのが早かったことを差し引いても退位するにはまだまだ早く、多くの者が引き止めたが、ユーリは
「おれに出来ることはもうやったから」
と、言って昨日、育ててきた後身にその位を明け渡した。
それならば、せめて上王陛下として城に残って欲しいともいわれたのだが
「おれがいたらかえって邪魔になるから。それに、今度は渋谷有利として、この世界を見て歩きたいんだ。」
そう、目に強い決意の色を浮かべて言ったのだ。
そして、この部屋が新しい王の物となる今日、城を出ることにしたのだ。
部屋から立ち去る彼の目には引退を宣言したときと同じ固い決意しか映っていなかった。
「っはよ」
「おはよう。ちゃんと起きれたんだ」
「もう、そんな子供じゃないっつーの」
城の敷地内で、一番見晴らしの良い高台に来ていた。
そこには、ユーリ達と同じく荷物をまとめた村田達が立っていた。
ユーリが退位を表明したとき、コンラッドは引き続き新王の護衛をするより、ユーリと共に旅することを選択し、村田もまた「大賢者の役目は禁忌の箱が片付いた時点で終わってたんだから」と、ヨザックと共に旅に出ることを選んだ。
「もうすぐ、かな」
日の出はまだだったが、もうすぐ夜が明けることを示すかのように空は白んでいた。
そして、それっきり誰もしゃべることなく、ただ、日の出を待っていた。
ようやく頭をのぞかせた太陽が徐々にその全貌を現す。
地平線から出てくる太陽はとても大きく、眩しかった。
こうやってじっくりと日の出を見るのは何年・・・いや、何十年ぶりだろうか。
ここ数十年は変化が目まぐるしく、日中の太陽ですらまともに認識して目を遣ることはなく、太陽がこんなにも大きくそして暖かいものだということをすっかりと忘れていた。
そして、平和な日々に安穏としつつも思っていたよりその生活が忙しかったことにをようやく認識し、思わず苦笑してしまう。
太陽が完全に顔を現すのを見届けると、誰ともなく踵を返し城門へと足を向ける。
その間も、やはり会話はなかった。
今まで生きてきた中で一番重い意味を持つ日の出の景色が、それぞれの思いと決意が零れてしまわないように。
城門に着くと、お互い顔を見合す。
「それじゃあ、僕達はこっちの道を行くから。」
そう、ユーリ達と村田達は一緒には旅をしない。
お互いのパートナーと共に、二人でのんびりと行きたい所に行きたい時訪れるのだ。
特に、いつ、どこで会おうなんて約束もしていない。
それは、自分達はいつか必ずどこかの街で落ち合うことを信じているから。
それに、どうしても会いたくなったときは鳩を飛ばせばいい。
今の彼らにある約束は「また会えたら夜通し語り明かそう」と言うものだけ。
それで充分だった。
「じゃあ、ま・・・」
「第二十七代!」
「またな」、そうユーリが言おうとしたとき、突如後ろから大きな声がした。
その声に驚いて後ろを振り向くと、城門から見渡せる窓という窓、廊下という廊下に城で働くものたちが押し寄せていた。
そこに集まったものは、皆涙を流し、敬礼をしていた。
「第二十七代魔王ユーリ陛下!大賢者ムラタ ケン猊下!今まで、」
「「「ありがとうございました!!!」」」」
ユーリと村田は、皆の城門までの見送りをしたいと言う申し出を「自分達には似合わないから」と断っていた。
だから、皆は城門までは行かずに自分の持ち場に一番近い城門が見えるところまで行き主を送り出そうと考えたのだ。
いくら威厳と風格を身につけても、元の性質は変わることのなかったユーリは身分なんか関係なく優しく、気さくに接していた。
ユーリは最後の最後まで民に愛された王であった。
「やだなぁ、笑顔で旅立ちたかったのに。それに、おれはもう魔王じゃないっての」
「僕も、昨日で大賢者の名は返上したんだけどなぁ」
ユーリの目から、堪え切れなかった涙が頬を伝う。一度堰を切った涙は止まることなく、行く筋もの痕を頬に残していく。
その横に立っている普段は決して人前では涙を見せない村田も、一筋の涙が頬を伝っていた。
ユーリは服の袖でぐいっと涙を拭い、後ろに一歩踏み出しながら皆に約束をした。
「いつか、いつか必ず帰ってくるから!!!」
その顔は、涙でぬれていたけれどもその表情は紛れもない笑顔だった。
ようやく書き上げました、御礼小説;;
今回は普段書かない未来ものにして見ました。どうだったでしょうか?
はっきり言ってベタです。でも、いいんです。私が満足したから!
フリー小説ですので、ご自由にお持ち帰りください。
今回は背景もお持ち帰りしていただけます。が、お持ち帰りページに↓の素材サイト様を必ずリンクしてください
Photo:Art-Flash