あなたがいるから
「う・・わっ・・・!」
跳ね起きる。
胸の辺りを押さえながら、隣を見ると、相変わらず奇妙な鼾をかいて眠っている、天使の寝顔のヴォルフラム。
「夢・・・か」
ほぅ、と息を吐き出し、するりと寝台を抜け出し窓辺に歩み寄る。
太陽の光を遮る分厚いカーテンをわずかに捲ると、空が白み始めている。
「もうそろそろ、起きる時間だな」
きっと、もうすぐ彼が自分を起こしにやってくるだろう、と思っていたら
静かに扉が開かれ、足音を殺して長身の彼が室内に滑り込んできた。
「おはよう、コンラッド」
自分から声をかける。
すると、コンラッドは少し驚いたような顔をした後すぐに優しい笑みを浮かべた。
「おはようございます、陛下」
「陛下って呼ぶなって」
「失礼、ユーリ・・・寝台にいないので、またヴォルフに落されたのかと思いましたよ」
「ちがう、違う。弟さんに落されたんじゃなくて・・・ちょっと早く目が覚めたものだから」
軽く笑いながら、窓辺から離れる。
「そうでしたか。あぁ、また素足のままで・・・」
「だって、面倒なんだ。室内履き」
ぶつぶつ言いながら、室内履きに足を突っ込む。
温かなボアに足を包まれると、心地いいとは思うのだけれど。
「顔、洗う」
「はい」
コンラッドは、タオルを手にユーリの後をついて行った。
「うう・・・冷たい」
「お湯を使えばよろしいのに」
「ん、でもさ・・・冷たい水の方が目が覚めるんだよ」
受け取った柔らかなタオルで顔を拭う。
「でも、きちんと洗えないでしょう?ほら、涙の痕が」
「涙?泣いてなんかなかっ・・・」
ユーリは慌てたように、目元に触れた。
コンラッドは、やっぱりというように息を吐いた。
「・・・嵌めたな、コンラッド」
「目が赤かったので、もしやと思ったのですが。嫌な夢でも見たんですか?」
「嫌・・・って、いうか」
「ユーリ?」
「あのさ、今日のロードワークは中止して・・・いつもの丘へ行ってもいい?」
コンラッドの顔を見上げる。
「それは、かまいませんが」
「それじゃ、すぐに行こう」
「では少し暖かい格好で行きましょう」
「うん」
おれは、コンラッドの用意してくれた服に袖を通した。
外套の裾を揺らして馬から降りる。
小高い丘からは王都のほとんどを見渡す事ができた。
もちろん、城の塔からでも見渡すことができたが、それよりもより近く全体を見渡せるこの場所が好きだった。
「よかった・・・大丈夫だ」
心の底から安心したような声に、コンラッドは目を細めた。
「ユーリ」
自分を護るように背後に立ったコンラッドに静かに語りかける。
「王都が・・・炎の海になる夢を見たんだ」
みんなが逃げ惑うのに、おれは、何も出来ないでただ見ているだけで。
なんで、って思うとおれの身体が透けてるんだ。
それで、慌ててまわりを見ると王都に火を放った奴がいて・・・
そいつを殴ってやろうと近づくと、そいつはすごく楽しそうに笑っていて。
ユーリは、そこで一旦言葉を切り、拳を握ると、唾を飲み込んだ。
「それで、炎に照らされたそいつの顔を見たら・・・そいつは、おれなんだ」
「ユー・・・」
「おれの顔をした、そいつはさ・・・こう言うんだ」
この国は不完全だから、自分が壊してもっと完璧な国を作ってみせるって。
そう言って、助けを求めるひとたちを救いもせずに。
「コンラッド・・・夢はさ、そのひとの願望を見せるとか言うじゃん」
だったら、おれも本当は心のどこかでそんな風に思っているのかな。
いつか・・・この手で、眞魔国を、おれたちの、大切な国を壊してしまうのかな。
そう、思ったら怖くて・・・。
「ユーリ、ユーリ・・・大丈夫。ユーリはそんな事しない」
それは、俺が一番良く知っているよ。
ヴォルフもギュンターもグウェンもみんな知ってる。
寒そうな背中を抱きしめる。
「確かにさ、まだまだ駄目なところが多くて、この国に住むひとたちに意見とか聞いたらいろんな不満とか出てくると思う」
そういう不満とかは、少しずつ改善していけたらなって思うし・・・でもさ、犯罪を全部なくすことは無理だと思うんだ。
「なぜ?」
「うーん・・・うまく、言えないけれど。例えばだよ?親が病気になっちゃって、お金が無くてそれで薬をちょっと盗んでしまったりした子がいたら・・・」
おれは、その子を責められない。
だって、その子は親を助けたい一心だったわけだろ?
そういう子を出さないですむ様なシステムが整っていないのが、悪いのかなとか、そういう風に思ってしまう。
「そう・・・ですね。まぁ、あまり認めたくはありませんが、必要悪というのはあったりしますしね」
この世の中は、相反するもので成り立っている。
光には影、というように。
もしかしたら善ばかりでは、国は成り立っていかないのかもしれない。
「犯罪のない国にとは、思う。でも、それって本当にいい国なのかな。いや、いい国なんだろうとは思うけれど・・・」
なんだか、それは不自然な気がして。
ユーリは、小さく笑った。
「なんか、ごめん。訳のわからない事を言って・・・自分で自分の国をどうしたいか理解できていないのに、これで王様なのかな」
「王ですよ。ユーリ、あなたは立派な王だ。民のことを常に考えている、それだけでも統治者としての役目はきちんと果たしていると思います」
「でもさ、それだけじゃ駄目だろ。考えてることを実行しないと」
「少しずつは実行しているでしょう?何も急激に変えていこうとは思わないでいいです」
それこそ、急激に変わったら民は戸惑うかもしれない。
ユーリの手に触れ、握り締める。
「そうだね・・・それにね、夢の中でもうひとりのおれが、不完全と言ったその本当の理由は別のところにあるんだ」
「別?」
「うん・・・もうひとりのおれが、壊そうとした国にはねコンラッド・・・あんたが、いないんだ」
「俺が、いないんですか?」
ユーリは小さく頷いた。
「そう。あんたがいない・・・だから、夢の中のもうひとりのおれは、国を壊したんだよ」
あんたの存在しない国に耐え切れなくなったんだ。
だから、火を放った。
「それ、は・・・」
「夢の中だからかな、もうひとりのおれの考えていることが、スルッって心の中に入ってきて・・・わかったんだ」
今も、はっきりと思い出すことができる。
“壊してしまえ、全て”
“彼のいない、この国なんか無くなってしまえ”
“この国と、そして・・・このおれも、共に”
耳を塞ぎたくなるような、暗い絶望感に満ちた声だった。
「ユーリ」
なんと言えばいいのかわからず、コンラッドはユーリの手を握る手に力を込めた。
「わかっちゃったんだよ。納得できちゃったんだ・・・なぁ、コンラッド・・・これからも、側にいてくれるよな」
「側に、いますよ。ずっと永遠に」
「おれに、火をつけさせないで・・・この国を炎の海なんかにしたくないよ」
「大丈夫、ユーリ・・・夢だったのでしょう?」
「夢だった!夢だったよ・・・でも、おれは、きっと、この手で大切なものを壊す事が平気な・・・ッ」
気がつけば、コンラッドに唇を塞がれていた。
「・・・もうそれ以上言ったらいけない」
唇がわずかに離された。
おれを見つめるコンラッドの眼が、痛そうに細められる。
「コンラッド・・・」
「ユーリ・・・言葉には力がある。ましてや、あなたは魔王だ・・・俺が、何を言いたいかわかりますね?」
「う・・・ん」
「それなら、もう・・・夢の話は忘れて」
額に唇が押し当てられた。
「コンラッド・・・」
「はい」
「今日、急ぎの仕事あったっけ」
コンラッドの上着を掴み、顔を伏せながら問う。
「いいえ、特にはなかったと」
「それなら、おれの我儘を、きいて」
伏せていた顔を上げ薄茶の瞳をじっと見つめて、
ゆっくりと口を開き、吐息のような声で、囁いた。
“この不安を消して”
幹に押し付けられている背中が痛かった。
けれど、それよりも肌を辿る唇が、熱くて触れるそばから火傷するんじゃないかと、思った。
カリ、と爪で小さな胸の突起を引っかかれた。
熱い舌がもう片方の突起を舐め、ゆっくりと顔の位置をずらしていく。
前髪が脇腹をかすめ、そのくすぐったさに、肌がかすかに震えた。
前を寛げられると、すでに軽く反応しはじめている自身が現れる。
いつもなら、少し意地悪な事を言ったりするのに、今は何も言わずに
手の中に包み込み、その先端にやさしく唇を寄せた。
まるい先端をねぶり、括れに吸い付き横から咥える。
二つの果実をやわやわと揉みしだかれ、温かな粘膜に包まれると、ユーリは軽く仰のいて息を吐き出した。
吐き出した息は白い花となって、空中に散った。
幹に置いた指が、ひくっ、と痙攣する。
「コンラ・・・も、う」
「もう、イキそう?いいですよ、イって」
「っ、ぁ・・・あ!」
背を丸めダークブラウンの頭を抱きしめるようにして、熱を吐き出す。
飲み干す音が、やけに大きく聞えた。
片足を高く持ち上げられて、唾液に濡れた指が秘めやかな場所に触れた。
慣らすように、周囲をなぞり軽く抜き差しをする。
やがて、沈められる指の深さと本数が増え、ぬくり、ぬくりと解された。
節ばった指に、弱いところを擦られて、花芯がゆるり、と頭を擡げ始めた。
「コンラ・・ッド・・・もう、いいから・・・っ」
熱を感じたかった。
「平気ですか?」
「へいき、だから・・・はやく」
はやく、あんたを感じさせて。
ひたり、と熱いものが押し当てられる。
わずかに含まされただけで、そこは貪欲に取り込もうと蠢きだす。
「そんなに、焦らないで」
ちゃんと、あげるから・・・耳元に低く囁かれて、ぞく、となる。
言葉どおり、ぐぐぐ、と狭い肉道を押し広げるように、コンラッドが入ってくる。
「んっ・・・く、ぅ」
「ッ・・・ユーリ、息をして・・・そう」
「んっ、は・・・っあ」
「全部、入ったよ・・・わかる?」
ずん、と突かれる。
「わか・・・る」
身体の深いところで、灼熱を感じる。
「ユーリ、足を俺の腰に・・・できる?」
小さく頷いて、コンラッドの腰に足をまわす。
「動くよ」
「んんっ!」
地面に付いている片足が浮きそうになる。
「んっぅ・・・コン・・・ラッド!」
おれは、コンラッドにしがみ付き、その肩に額を擦り付けた。
「ユー、リ」
揺さぶられる度に、コンラッドの背中に爪を立て衝撃に耐える。
「くっ・・・ぅ・・・ぁ」
含んだ箇所は、ひどく熱くて、そこから溶けてしまうのではないかと、思った。
「も・・・・イッ・・・」
「いいよ、イって」
ユーリは小さく首を振った。
「い・・・や」
「ユーリ?」
「・・・っしょ、コンラ・・・も、一緒が、いい・・ッ」
「そうだね、ユーリ・・・それじゃ、一緒に」
大きな手が、ユーリに触れた。
「ぅっ・・・ぁあ!」
「ユーリ・・・ッ」
どくん、と体内の奥深くで熱が弾けた。
「はっ、ぁ」
力の抜けた身体をコンラッドが抱き止める。
ゆっくりと、ユーリの中から退いてくちづけた。
地面に座り、ユーリを背後から抱きしめる。
黒髪を梳きこめかみにくちづける。
何も言わずに、ただ、ぬくもりを伝えるように。
ユーリがゆったりと背後のコンラッドに寄りかかり、口を開く。
「我儘言って、ごめん。こんな、ところで・・・王様の仕事もさぼって・・・でも」
でも、おれは・・・
ユーリの言葉が終る前にコンラッドが静かに言葉を掛けてきた。
「もう、大丈夫ですか」
「コンラッド・・・」
わずかに首を捻りコンラッドの顔を見ると、コンラッドは優しい笑みを浮かべた。
「別に我儘だったとは思いませんよ。俺は、あなたの不安を取り除ければ、それでいい」
もう、不安はなくなりましたか。
俺は、いつもあなたの側にいると信じてもらえましたか。
「・・・うん」
「それなら、よかった」
「コンラッド、おれは・・・眞魔国をいい国にしたいって思ってる」
いい国ってどんなのか、まだ、わからない。
いや、もしかしたら永遠にわからないのかもしれない。
ユーリは、コンラッドの手に触れた。
傷だらけの手を愛しむように。
「でも、この国に住むひとたち、この国に訪れてくれたひとたち、みんなが笑顔で過ごせる国にしたいんだ」
そして、当然だけど、この国に住む住人にはあんたと、おれが含まれてる。
ユーリは、花が綻ぶように笑った。
「ユーリ」
キュ、とコンラッドの手を握る手に力が込められた。
「みんなが、笑顔で過ごす国の王様が、笑顔で過ごせなかったら、そんなの嘘だろ?」
おれの考えは間違っているかな。
王様は、みんなの為に笑顔を我慢しなきゃいけないとか、そんなんじゃないよな。
「間違いなんかじゃありませんよ。王が、笑っていなければ民も笑えるはずが無い」
「そうだよな。なぁ、コンラッド」
「はい」
「それなら、おれが笑顔でいられるには何が必要かわかる?」
黒い瞳が凝視する。
その瞳を見つめ返して答える。
「あなたの、側にいます」
あなたが、いつも笑顔でいられるように。
ユーリの手を取り、唇を寄せた。
「あなたの笑顔を守ります」
「うん、ありがとう」
そうしたら、きっと、あの夢の中のもうひとりのおれのような事はしないですむ。
大切なものを自らの手で、壊すなんて、そんな悲しい事をしないでいい。
眼を閉じ、夢の中で見たもうひとりの自分に語りかける。
コンラッドは、ずっとおれたちの側にいてくれる。
だから、もう国を壊さないでいい。
そんな、悲しい顔をしないでいいんだ。
もうひとりの自分が、微かに笑ったようだった。
正しい答えを見つけたような気がした。
もう、大丈夫。
「しかし、困ったなぁ・・・言い訳、どうしよう」
「困りましたね」
「まぁいいや・・・ここは諦めて怒られよう」
「随分、潔いですね」
顔を覗きこむと、ユーリが、にっ、と笑った。
「当然、一緒に怒られてくれるんだろ」
「一緒に、ですか」
「そう!今、言ったじゃないか。側にいるって」
「ユーリ、少し意味がちが・・・」
「男に二言なーし!」
王都を見渡せる小高い丘に、ユーリの笑い声が響く。
平和な一日を約束するように、小さな鳥が羽ばたいた。