甘い、甘い、チョコ
「どうしました、ユーリ」
「ん?」
「さっきから、溜息ばかりついている」
「え・・・そうだった?」
「気が付いていなかったんですか?」
「・・・うん」
コンラッドは、僅かに首を傾げるとおれの頭をそっと撫でた。
「少し疲れているのかもしれませんね」
「うーん・・・どうだろう」
「休憩にしましょう。お茶の用意をしますから、少し待っててくださいね」
「うん、ありがとう」
ユーリは去って行くコンラッドの後姿を見つめて、また溜息をこぼした。
本当は疲れているのではなかった。
ただ、悩んでいることがあったのだ。
それは、あと少しでやってくるバレンタインのことだ。
眞魔国では、コンラッドとおれしか知らない行事。
クリスマスとかはこちらに持ち込んでしまったけれど、ひとつくらい二人しか知らない
地球の行事があったほうがいいような気がして、皆には教えていないのだ。
「今年は、どうしようかなぁ」
悩むもへったくれも、バレンタインなのだから、チョコをあげればいいのだけれど。
でも毎回それでは、なんだか面白くない気がする。
「コンラッド、期待してる・・・よな」
たぶん・・・いや、きっと楽しみにしていると思うんだ。
でも、本当どうしよう。
コンラッドは、ただでさえ、何かに執着する性質ではないので、これが欲しいというものがない。
いや、例えあったとしても、おれには言わないような気がするし。
「おれって、駄目だなぁ」
いつも側にいるくせに、全然コンラッドの欲しいものがわからない。
コンラッドは、おれの望んでいることがすぐわかるのに。
ユーリはまた溜息をついた。
そして、ウダウダ悩み続けて・・・
「どっ、どうしよう!!とうとう明日になっちゃったよ!」
正確には、あと数時間で日付が変わってしまうので、
もうバレンタイン当日と言っても過言ではない。
とりあえず、手作りにしようと思って材料は用意してあるんだけど、
あれからなんだかんだ忙しくて作っている暇がなかった。
明日だって、はっきり言って作っている暇があるかどうか。
もちろん、城下に代わりのものを買いに行く時間もない。
誰かに代わりに買って来てもらう事も当然できはしない。
こんな真夜中に厨房なんて行ったってただの不審者だし。
魔王陛下が、腹を空かせて夜中に厨房に忍び込むだなんて・・・ッ
と、また、王佐閣下あたりに泣かれるのがオチだ。
どうしよう・・・無駄に部屋の中をうろうろする。
「おれのばかばか!もっと早く準備しとけばよかった」
でも、何も思い浮かばなかったのだから、仕方ない。
それに、コンラッドにあげるのだから、そんな、適当にあげればいいや、なんて
簡単にすませたくなかったのも事実で。
「今から作るとしたら、本当簡単なものしか作れないよなぁ」
もちろん、元からそんな腕前は持っていないけれど。
でも、時間をかければ作れたものもあったはずで。
材料を前に、おれはひとり頭を抱えていた。
そこへ、コンコン、と控えめにノックの音がして静かにドアが開いた。
「失礼します、陛下」
「コッ、コンラッド!」
「灯かりが、漏れていたので、まだお休みになられていないのかと・・・どうしました、眠れませんか」
「えっ、あの・・・っ」
おれは、肩に掛けていたカーディガンを机の上の材料にさり気なく被せながら、答えた。
「その・・・眠くないから、本でも読もうかなって」
「それなら、何かあたたかな飲み物でもお淹れしましょうか」
「いや、飲み物いらないし」
おれは、コンラッドにチョコの事がバレるのではないかと思ってヒヤヒヤしていた。
だから、気づかれる前にさっさと部屋から出て行ってもらいたかったのだ。
「では、せめてそのカーディガンを羽織ってあたたかくしてください」
「大丈夫っ、寒くないし!」
「いけません。風邪をひいたらどうするんです」
コンラッドが近づいてきて、カーディガンに手をかけようとした。
「駄目!」
「ユーリ?」
「いや・・・その・・・」
「どうしました。何か隠し事でも?」
「違うっ、そうじゃなくて」
おれは、慌てた。
このままいくと、チョコの事がバレてしまう。
けれど、その前に喧嘩になりそうだ。
それだけは、避けたいと思った。
おれは、一瞬迷って自らカーディガンを捲った。
「これは、もしかして明日の?」
「ごめん・・・コンラッド」
「ユーリ?何故、謝るのですか」
「バレンタイン・・・もう明日なのに、まだ準備できてなくて・・・おれ」
コンラッドに喜んでもらいたかったのに。
自分が情けなくなって、ユーリは俯いた。
すると、ふわ、と温かな手が頭に触れた。
「気にしないでいいですよ」
「でも、でもさっ」
「ユーリは準備しようとしてくれていたんでしょう?」
その気持ちだけで俺には充分です。
カーディガンをそっと羽織らせ、背中から抱きしめる。
「明日の・・・俺のためにこんな夜遅くまで、悩んでくれていたのでしょう?」
「うん・・・」
「その間、ずっと、ユーリは俺の事を考えてくれていた」
あなたはずっと俺だけのことを考え、頭の中を俺で一杯にしていてくれただなんて、
そんな嬉しいことはないですよ。ある意味、あなたを独占したということですからね。
「コンラッド?」
「でも、そのせいで体調を崩されては困ります」
ほら、こんなに手が冷たくなってる。
大きな手が、おれの手を包み込む。
じわり、とぬくもりが伝わってくる。
「頬だって、冷たくなってる」
唇が、寄せられた。
「コンラッド・・・」
コンラッドに触れられた箇所が、熱を帯びる。
「ユーリ、この材料・・・俺にください」
「え、でも・・・」
なんの加工もしていない。
リボンのひとつだって付けていない。
そんなもの、あげても・・・。
「ね?俺にください」
「こんなので、いいの?」
「ええ、充分です」
「うん、コンラッドが、これでいいっていうのなら」
「ありがとうございます」
コンラッドは、嬉しそうに笑った。
「さ、これで明日の事は解決しました。もう、ゆっくり眠れるでしょう?」
「うん・・・でも、本当にあんなのでいいの?おれ、明日もっとちゃんと」
すると、コンラッドの長い指が、スッと唇を押さえた。
「もう、その事は気にしないで、今夜はおやすみなさい・・・眠るまで側にいますから」
コンラッドに背を押され、ユーリは寝台に潜り込んだ。
ぽふぽふ、とまるで幼子にするようにコンラッドがおなかの辺りを軽く叩いてくれる。
「子どもじゃないんだけど・・・」
「おや、ではオトナの扱いしましょうか?」
低く囁かれて、ユーリは慌てて、毛布に潜る。
「いや!いい、おやすみっ、コンラッド!」
くすくす、笑う声が聞える。
「おやすみなさい、ユーリ」
ぽむ、ぽむ・・・ゆったりとしたリズム。
目を閉じると、だんだん眠気がやってきて、ユーリはいつの間にか眠りについた。
そして、バレンタイン当日。
休憩時間にコンラッドに誘われ、彼の部屋へむかうと甘い香りが鼻腔をくすぐった。
テーブルの上には理科室で見たことのあるようなアルコールランプと、小さな白い鍋。
その中には溶けたチョコレートが入っていた。
「コンラッド、これって」
「ええ、チョコレートフォンデュをしようと思いまして」
奥から、カットしたイチゴやキウィやバナナの乗った皿を持ってコンラッドがやってきた。
「チョコレートフォンデュ・・・」
知ってはいたが、やるのは初めてだ。
どんなだろう、美味しそうでわくわくする。
「そう、こうしてフルーツを刺して、チョコを絡めて・・・どうぞ」
目の前に差し出された、イチゴ。
「いいの?」
「ええ、どうぞ」
おれは、大きく口を開けてチョコのかかったイチゴを頬張った。
チョコの甘さと、イチゴの酸味がマッチして、とても美味しかった。
「おいし!」
「よかった」
「なぁ、このチョコって」
「はい。昨夜、ユーリからもらったチョコですよ」
にこ、と笑う。
ユーリは、大きく息を吐き出した。
おれが、ずっと長いこと悩んだってのに、
コンラッドはたった一晩で、おれを楽しませるものに変えてしまった。
ほんと、敵わないなぁ、と思う。
「たくさん食べてください」
長い串のようなものを手渡された。
「うん!」
おれは、真っ赤なイチゴに串を刺し、たっぷりチョコをつけた。
そして少し悩んでから
「コンラッドも、食べよ?」
串から外したチョコのかかったイチゴを唇に咥えた。
コンラッドは、一瞬驚いた後、破顔して
「いただきます」
イチゴに唇を寄せた。
甘い、甘いチョコが口いっぱいに広がった。
闇色天蓋花のまあさ様から強奪してまいりましたv
毎回、まあさ様の発想に脱帽してしまいます。本当にすごい!!尊敬モノですね
まあさ様の爪の垢を煎じて飲みたいほどです・・・